研究は天下為公

研究記録を掲載します。転載には、コメントをください

私だって家事をする

ほんとね、おかしいっすわ
 
今、母が忙しくて、家事が難しいことがあるのですが、
 
最初のころは、僕が炊事をしたりして、弟が皿洗いをしているんです。
 
弟の皿洗いは、続いていて
豪州に留学してから、家事についての考えが変わったようなのです。
 
僕は、たまにご飯を炊くぐらいになったんですが、
まわりから、「お母さんのありがたみがわかったでしょ?」
 
って言われるようになったんですが、
おかしいっすわ
 
よく聞いてほしい。
僕は小学生のころには、炊飯ができたし、ご飯も何品かなら作れるし、
 
高校生の時から、自分の洗濯物は自分でやってるし
 
自分に関係する家事の大半はできて、ある程度はしていて、
自分以外の家族向けの家事が増えたんですよ
 
そもそも、男=家事をしない という考え方が古い
 
草食系男子って言葉は、男がか弱いという意味ではなくて、
言葉をつくった人は、「家事もろくにできないくせに、グダグダ述べるおっさんと違って、家庭的な優しい男子」って意味で、若者を擁護する意味合いで作った言葉で、若者を擁護した言葉であって、私だってしますよ。
 
下手をすれば、僕の方が衣料用洗剤、漂白剤、柔軟剤に詳しいと思います。
 
シンクも素手で、隅々まで洗うし
水垢さえも残さないぐらいやります。
 
私が、何も家事をやらない
男が、何も家事をやらないという決めつけだけは、勘弁していただきたい
 『2006年10月にできた「草食男子」。そもそもは、「団塊の世代やバブル世代と比べても、フラットで付き合いやすい」という、ポジティブな意味でした。』(URLから引用)

 

 
 
 

終電を乗り間違えて5時間歩いて、不良の孫氏の兵法にあった件

いい年して、終電を乗り間違えてしまいました。

 

緊急停止ボタンが押されたために、降りたホームが変わったのに気づかず、

いつも通り目の前の電車に乗ったところ、違う方向の電車に乗ってしまい、

5時間歩くことになってしまいました。

 

タクシーに乗れば、自宅まで38分。しかし、7000円以上かかるという試算。

歩けば5時間ほどかかるが、無料。

電車で行けば400円で30分ほどだったのに・・・

 

その選択肢の中で、翌日の予定もあったので、徒歩で帰ることを決断。

カラオケに泊まろうとも思ったのですが、フリータイムは二人から。

一人で入ると、1時間いくらという形で料金がかかるため、泊まるのは不可能と感じました。

 

「若いし、いけるだろう」と思い、5時間歩いたのですが、

 

         若さは関係ない

 

つらいことはつらかったです。

最後は、もう気合で歩きました。翌日、左足だけを痛めました。

左利きなので、無意識に重心を傾けていたのかもしれません。

 

真夜中を5時間歩くと、いろいろなことがありまして、

夜中の交通量を感覚的に調べられたり、いつもは車で通りすぎる町並みをゆっくりみれたりと、非常に勉強になりました。

 

不良に絡まれるというアクシデントもありました。

絡まれるといっても、信号待ちの車から罵声を浴びせられる程度でした。

 

どういう心理なんでしょうか。

赤の他人を馬鹿にする発言をして、仲間内で笑う。

相手に聞こえる声で。

私は「?」という感情しかわかなかったのですが、特にそれ以上の感情はわきませんでした。

 

赤の他人を馬鹿にすることで、仲間同士の価値観を再確認しているのでしょうか?

「俺はあの人をこういう風に見ていいる」という感覚を言葉にすることで、仲間に伝え、

それを仲間も笑うという形で反応し、「お前と一緒である」と伝える。

 

その相互発信によって、共同体意識を固めるという心理なのかなと感じました。

 

私はコンビニのベンチで、座っていただけなのですが、

その私に対して関心があったと解釈するとするならば、他人への関心が少なからずあるのかもしれません。

 

悪口ならば、静かに車の中で行っていればいいものを、窓を開けて、聞こえる形でいうというところを考えると、私に対しての威圧行為を行うことで、対外的な自分の地位確立を行うと同時に、仲間内での対内的な地位確立を行っている。

 

      「俺は強いんだぞ」

 

ということなのでしょうか。

私は無反応でいたのですが、それは彼らの心理にとってどのような影響を与えたのでしょうか。

そもそも、反応があることを想定していなかった可能性があります。

私が仮に、「なんだお前!喧嘩売ってるのか」と、好戦的な反応をした場合、自己顕示を行っていた彼らからすると、対内外的に自分の地位確立を行っていたのにも関わらず、その確率が脅かされる可能性が出てきたことによる恐怖心を基盤とした防衛本能が発動する。または、下等にみていた相手からの反応にプライドを傷つけられ、「思い知らせる」という攻撃本能が発動するのか。

ただ、ここで一つ、条件が発動します。

 

彼らの罵声は「ヤンキーだ!ヤンキー(笑)」というワードに限られていたということです。

 

車から、ベンチに座っている他人に罵声を浴びせている時点で、自分たちの地位を再確認していた可能性があり、冗談まがいにいっていたことから、私が近づいた瞬間に、

「ヤンキーこえー」といって、逃げることも可能になります。

 

仮に、見た目を批判する言葉を浴びせていたり、恫喝する言葉を浴びせていた場合は、前述のような防衛・攻撃本能が発動していた可能性はありますが、今回は馬鹿にしていたという点です。

 

言われた私からすれば、事実と異なり、挑発行為ともとられる今回の行為は、不愉快といわざるを得ません。しかし、彼らの発言は、自分を下等に置いており、相手が反応してきても、上等な立場の者が、下等な自分たちに反応してきているため、逃げても当然の行為として解釈でき、本能を発揮せずにいても否定されることはありませんし、この件が周知されても、笑い話として片づけることができるのです。

 

しかし、言われた本人は、言われたことによる心理的ダメージがあり、逃げられた時点で、敗北が確定するという完全に負けゲーム。

 

彼らは孫氏の兵法である

 

     戦わずして勝つ

 

を実施していたのです。

逃げたら勝ち。逃げなくても勝ち。私が逆転することは不可能でした。

 

と、言いたいところなのですが、

引き分けにもっていくことはできました。

 

それは、圧倒的なパフォーマンスを見せつけることです。

私はできないのですが、ヘッドスピン等の技術力があったとすれば、

それを見せつけることで、彼らより上等な技術をもつ人間だということを表明でき、彼らを名実ともに下等に置くことができたのではないでしょうか。

 

その場合、彼らは楽しんで帰ることもできます。しかし、それは楽しんで帰るという感情で終われることではありません。

 

彼らが設定した状況を維持しながら、決定権をこちらが握ることになるのです。

こちらが設定した上下等の設定を提示し、確立することができます。

 

彼らは、その経験を周知したとしても、「すごい人に出会った」という反発意識がない形でそれを受け入れることになり、こちらは上等意識の中で終わりを告げることができるのです。一見、勝利に見えるのですが、これは覆し、マイナスをゼロに直したにすぎず、逆転勝利とは言い難い状況があります。

 

まぁ、それを実施できなかったため、私の完敗ではあるのですが、

今の不良は、無意識的であるとは思うのですが、孫氏の兵法を使っているのかなと感じました。

 

ビーパップハイスクールのような、ゴリゴリのヤンキーとは違い、

腕っぷしによる上下を付ける時代から、心理戦の時代に移行してきたのかと

 

私のイメージではあるのですが、昭和の不良は、長ランの番長を中心とした組織構造だったと思いますが、今は、普通の学ランに色のついたTシャツを着たり、ネクタイを緩めたりすることで、おしゃれ意識の強い不良が多くみられる気がします。

 

昭和の不良からすれば、心理戦は「シャバイ」のかもしれませんが、

今は普通なのかもしれません。むしろ、武闘派から知能派も兼ね始めたという進化があるのかもしれません。

 

データまでは持ってきませんが、少年犯罪も知能犯罪が増えていた気がします。

 

無意識のうちに孫氏の兵法を実行できる彼らは、

もしかしたら、非常に有能な人材なのかもしれません。

 

その彼らが活躍できる社会を創生していく方法を考察する必要もあるのかもしれません

 

 

追伸

あまり気にしていないように見せて、ブログに書いてしまうところが、

相当悔しかったという自分の深層心理を表出しているような気がします。

瞑想して落ち着こうと思いますが、不良の社会学も面白いかもしれません

【反論】集団的自衛権は違憲であるという理論

一昨年、安全保障関連法案が通りまして

 

集団的自衛権違憲だと騒がれているわけですが

 

違憲かどうかなんて、専門的に誰が判断するのかと思うわけです。

安保法案を戦争法案と罵って、反対する学者の会とかもできていますが、

先生方、本当に違憲なんでしょうか?

 

違憲だという国会議員の意見をみてみると、

「〇〇法制局長官が~」という攻撃手法が多いですが、

法制局長官って、結局、行政の人間でしょ?

 

三権分立しってますか?

 

司法が法的にどうかを判断すべきですが、その司法でも憲法裁判所ってないじゃないですか。

 

日本は付随的違憲審査制が採用されているわけですが、

こちらは憲法違反の法令によって個人の権利が侵害されないようにすることに重点が置かれているわけですよ。(私権保障型)

 

もし、法令が憲法違反だというならば、憲法裁判所を設置すべきではないですか?

 

憲法裁判所を設置するならば、憲法に書き込まなければならないわけですから、

改憲というか、加憲をする必要があるわけですよね。

 

まぁ、加憲は公明党が使っている言葉で、

おそらく、改憲=安保法案というレッテル張りからかい離するための言葉遊びだと思ってますけれども。

 

立法府違憲かどうか、行政府の職員の意見だけで判断していいのかと考えるのです。

 

そんなに問題なら、抽象的な憲法九条を変えたらいかがですか?

しかし、変えるということは、集団的自衛権の可能性を完全払拭できなくなります。

 

国際司法裁判所での領土問題でもそうですが、

裁判に合意するということは、領土問題だと認めることになりかねないということであり、合意しないという例が竹島であるわけですが、

 

日本国民はそんなケチケチしたことは言わないと思うんですよね。

反対な人は反対なわけですから、九条に「集団的自衛権の行使は、これを一切認めない」と明記すればいいだけの話じゃないですか。

 

でも、個別的自衛権は合憲なんですかね?

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国連憲章第五十一条

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

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というところから、国家固有の権利として個別的自衛権が認められているわけですが、

九条に明記されていないわけです。

 

私は、集団的自衛権違憲論が沸き上がるたびに、個別的自衛権の合憲性も議論されていると思うんですよ

 

個別的自衛権が必要だという人は、「攻められたらどうするんだ!」ということをいうわけです。つまり、日本が標的になる可能性を危惧しているわけです。その場合、来たものを追い返すだけだと思っている人は間違っています。

 

平成25年に敵基地攻撃能力を間接的に認める閣議決定がされてるわけですよ。

つまり、敵の航空基地とかを空爆することを決めているわけですよ。

www.sankei.com

 

集団的自衛権の批判されている点を考えてみると、

①外国(具体的に米国)の戦争に巻き込まれる

②とにかく戦争は嫌だ!

 

っていうところだと思うのですが、

①をみるならば、日米安保はやめた方がいいと思うんですよね

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日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約【第五条】

 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宜言{宜はママ}する。

 前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事国が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。

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集団的自衛権を認めていない日本のままだと、在日米軍が軍事攻撃を受けた際に、

日本が攻撃を受けたと判断されるかが議論となり、その間に流れ弾等の被害に日本国民がさらされる危険性があるわけですよ。

 

仮に、在日米軍基地の被弾により発生した火災で、日本人の所有する建造物が延焼した場合、これは火災とみるのか戦災とみるのか、そんな議論に至ったりしませんか?

 

だって、米軍基地は治外法権で、施政下とは言い難いわけですから。

 

これは実質的な米軍の一方的な庇護下にあたる箇所であり、

おんぶにだっこ条約なわけですよね

 

そういったこともあり、集団的自衛権を認めることは

庇護下からの自立につながるわけですよ。

 

②の感情論ですが、これこそ愚の骨頂だと思ってるのですが、

個別的自衛権がお守りか何かだと思っているのかわかりませんが、

外国に上陸しないだけで、個別的自衛権も戦争っちゃ戦争だと思うんですよね。

 

個別的自衛権なら、敵兵をころさないで済むとお思いですか?

「安心せい、みねうちじゃ」ってことにはならないですよ。

航空機が来れば撃ち落とすわけですし、艦船が来れば沈めますし、

上陸されれば殺傷するわけですよね。

 

何もしないんだったら、自衛隊は国家最大のミリタリー愛好会ですよ。

 

そんなわけはないわけで、殺傷能力は持ち合わせておいてもらわないと困るわけです。

 

「話し合えばいいじゃん」

という人もいますが、拳銃を持って自宅に押し掛けてきた人に、「話せばわかる」って言って済みますかと。犬養毅は無事に殺されたわけですよ。

 

そもそも、日本国というコミュニティ内で暴力を用いた犯罪への対応を行っているのに、どうしたら国際社会でそれができるのかと

 

「戦後70年以上」という理論はあるわけですが、

それは70年間のことで、今年何があるかわかりませんし、

竹島は韓国に占領される際、近海にいた漁師を拿捕して、射殺しているわけです。

 

決して平和な70年ではなく、問題を問題としてこなかっただけの70年じゃないですか。

 

そんな事実を無視して、平和な70年といえるのでしょうか。

私としては納得がいかないわけです。

 

別に集団的自衛権を認めなくても結構ですが、

自国だけで、自国の防衛をするならば、事実上の冷戦下にある日本では、

そうとうな重武装国家になるから、支出が大きくなるわけですよ。

 

それでは困るから、国際社会で集団的自衛権や集団安全保障を行っているわけじゃないですか。

 

それに、この70年間、極東アジアで暴れられる軍事大国かつ経済大国がなかっただけではないのでしょうか。

 

資源もメタンハイドレードが日本近海にあるという話も出てきて、そのうえで、地政学上で優秀な島国という特性もあるわけですから、必ずしも今の常識が通用するとは思えないわけです。

 

 

そういった点から、集団的自衛権容認は必要だと思うわけです。

ただ、解釈改憲がどうなのかとは私も思うわけですが、いい火付け役にはなったと思っています。

 

これを機に、集団的自衛権を認めるにしても、認めないにしても、

改憲を発議すべきではないかと考えます。

 

最終的には国民投票をするわけですから、国民主権を揺るがすことはないのです。

また、改憲することで軍国主義が再来して、侵略を行うという人がいますが、それも大きな間違えです。

 

少なくとも民主主義国家の日本で、法律で許されたから戦争を起こしまくるという考えは非常に乱暴で、行使するかを判断するのは政治家なわけです。国民が選んだ。

 

つまり、国民が正しい判断をすればいいわけです。

その国民は、目の前に刃物を見つけたら、ひたすら殺傷行為を行うかというと、日本人のモラルの高さを信じるばかりですが、私はあり得ないと思っています。

 

ですから、私は問題ないと思っています。

「話せばわかる」という性善説を主張するならば、武器を持とうと、むやみな殺生をしないという性善説を擁護すべきです。

 

日本人は性悪説で、外国人は性善説というのは、恐ろしい暴論だと批判せざる得ません。

 

かなり内容が脱線しましたが、違憲かどうかということは憲法裁判所の設置を持って判断すべきであり、国連憲章第51条にそった国家固有の権利であることから、個別的自衛権を否定しない限り、否定できないのではないでしょうか?

 

また、国際状況の変化を見れば、経済大国の日本が、経済で困窮し、まともな軍隊をもてない国家に軍事的支援を行うということは立派な国際貢献だと思います。

 

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国連憲章

 

第53条

  1. 安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極または地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。
  2. 本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。

第107条
この憲章のいかなる規定も、第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない

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また、敵国条項といわれるものがありますが、これもいまだ残っています。

事実上の死文化といわれていますが、残っている以上は問題事項として考慮すべきです。

 

この文章を削除するためにも、国際貢献は必要であり、そのためにも国際貢献をいかなる方向で考察・施行していく必要性があるのではないかということを記して終わります。

 

【反論】偏差値40以下の大学は無くせ!について

偏差値40以下の大学は無くせ!っていうブログをみたんですが、

学力偏差値について考えてみようと思います。

 

今回は、学力偏差値40以下を50未満として考えてみます。

 

極端な例えばですが、入試の点数が100点~1000点まで20点刻みで想定してみると

n=46になるんですが、

学力偏差値40以下は23校になります。(50未満を含んでいます)

 

では、23校を消してみます。

するとn=23になるんですが、学力偏差値40以下は11校になります。(50未満を含んでいます)

 

じゃ、その11校を消すと、n=12になるわけですが、

学力偏差値40以下は6校になります。(50未満を含んでいます)

すると6校という形になり、3回の削除で40校も世の中から消えました。

 

学力偏差値だけをみると、どこかは50未満になっていくので、

私からすると意味を感じません。

 

大学が増えすぎているという議論も理解はできるのですが、

大学が増える世の中って、平和の象徴だとも思うんですよ。

 

戦時中だったら増えないと思いますし、

平和だから増えるという側面もあると思います。

 

「大学は高等教育機関」という土台となる理論から、

低学力偏差値=40以下を消せという考えにつながるそうなのですが、

 

3回の削除で87.0%も減少させる意味があるのかなと思ったりします。

そもそも、大学を減らせという意見を言う人って、学力偏差値50未満の大学行ったことあるのかなって思います。

 

 

私の卒業した千葉商科大学政策情報学部も学力偏差値が50未満なのですが、

倍率は1倍を超えてるんです。有名大学に比べればなんたることもないと思うのですが、合格できない人もいるということは、注視すべきなのではないかなと考えます。

 

そもそも政策情報学って何?

ってとこもあると思うのですが、その点は別の機会に預けるとして、、、、

 

私がこの大学を志望したのは、そもそも「偏差値に興味がない」というところから始まっているのですが、

 

センター試験って、高校の教材をどれだけ記憶したかという点の競争だと思っています。学力偏差値って、結局は記憶量の問題でしょう?

 

確かに、一生懸命勉強しているのは素晴らしいし、評価に値すると思います。

でも、私の周りにも、高偏差値の医学部や国公立の有名大学いっている友達に「偏差値40以下の大学を無くせ」って言われたことがありません。

 

(友達だからなのかな?)

 

最近、「大学なんて無駄だ」というソモソモ理論で批判されることがあるのですが、

その理論で批判してきた人の全員が最終学歴高卒でした。

 

私自身、高校3年生まで大学に行くつもりはなかったですし、当時は彼らと同意見でした。行くつもりがなかったというより、経済的に厳しかったというのが正確です。

 

なので、「経済的に行きたかったのに行けなかったの?」と訊くと、全員ではありませんが、「そうです」とこたえる人がいます。

 

要するに、学歴コンプレックスが大学批判につながっているのかなと。

でも、高偏差値の大学を叩くのは分が悪いから、低偏差値を叩いているのかなと感じました。

 

 でも、プロになると高偏差値大学も叩き始めるんですよ。

 

プレジデントのデーターでも高偏差値の大卒が多いですが、

president.jp

 

アンチ大学の人々からすると

「高卒(中卒)の方が成功してるんだ!」と言われたりするのです。

 

しかし、学歴で成功したのかというと、それも大きな疑問です。

学歴って、単なる資格証だと思うのです。

 

例えば、私は広島県のあるお好み焼き屋さんで

「広島焼き認定書」をいただいたことがあるのですが、正直、焼けないです。

ひっくり返したときに、キャベツをぶちまけてしまうのですが、、、

 

確かに、高偏差値の人は、たくさん記憶しているので、

ベースとなるものが多いとは思うのですが、大学はそういうところなのでしょうか。

 

ソモソモ、「高等教育」ってなんですか??

5教科の記憶量が高い人をいうわけですか?

 

それって、高校の延長線上にあるということですか?

 

 

大学は記憶(過去)というより、研究(創出・未来)なのかなと感じます。

卒業論文が必須の大学などは、過去を書き連ねるだけでは、レポートレベルになるかどうかも怪しいのではないかなと思います。知識という過去を集め、分析を重ね、オリジナリティのある発見がなければ、卒業論文はできないのではないかと思います。

 

データーを分析するなど、考察力がなければ、研究はできないと思っています。確かに、全く何も知らない状況では、分析もなにもないとは思うのですが、、、

 

しかし、擁護するとするならば、「高校卒業を一定の学力を携えた」という認識にし、勉強をしていない時間を「個性のある経験」と置き換えれば、高偏差値の学生とは違う発想力で、オリジナリティのある発見をできるのではないかなと思います。

 

もっといえば、偏差値で測れる範囲は限定的じゃないか!と思うのです。

 

偏差値という単一的な尺度で、上下を図るというのにオリジナリティがあるのでしょうか。

 

授業もまともに出ず、不貞行為ばかり繰り返す学生がいるならば、それは偏差値の高低に限らず淘汰すべきだと思いますが、偏差値という尺度だけで行うというのは、あまりにも雑な考えではないかなと思います。

 

そういった点を考えると、偏差値40以下の大学も大事!ということになると思います。

 

実際、市場原理で考えれば、低偏差値といわれる大学でも生徒がいる時点で、社会的必要性があるのではないかなと思います。その社会的必要性の中には、その大学の特性や大卒という学歴など、多岐にわたるものであることは言うまでもありません。

 

必要なければ、淘汰されるだけです。

必要ないという意見のバックボーンに学歴コンプレックスがあるならば、それはお門違いとしか言いようがありません。

 

もっといえば、高偏差値大学の生徒からすれば、「OUT OF 眼中」ということじゃないでしょうか。

 

まぁ、低偏差値の大学は、そもそも偏差値で戦ってないですよね。

新しい価値観で戦っているし、高偏差値の大学も偏差値以外の分野で戦っていませんか?

 

偏差値で高低をつける人しか、偏差値に興味がないのではないかなと感じます。

意識が高い学生などは興味があるでしょうけれども、、、

 

 

「低偏差値の大学があるから、日本の大学の評価が、、、」という人もいるとは思いますが。

 

THE世界大学ランキングをみてみると、評価基準が以下のようにあります。

  • Teaching:教育-学習環境
  • International Outlook:国際的な見通し-教授陣と学生の質
  • Industry Income:産業へ与える利益-革新性
  • Research:研究-ボリューム/収益性/評価
  • Citations:論文の引用度合

hot-topic-news.com

 

QS世界大学ランキングでは、以下の基準だそうです。

  • Academic Reputation(学界からの評判)40%
  • Employer Reputation(企業からの評判)10%
  • Faculty Student(教員あたりの学生数)20%
  • International Faculty(外国人教員の割合)5%
  • International Students(留学生の割合)5%
  • Citations per Faculty(教員一人あたりの論文引用数)20%

QS世界大学ランキング2016-2017による、世界大学TOP100・アジア大学TOP20・国内大学TOP15 | HOTNEWS(ホットニュース)

 

学力偏差値の出し方の違いはあるにせよ、世界大学のランキングには学力偏差値って関係しているのかという疑問もあります。

THE世界大学ランキングに「International Outlook:国際的な見通し-教授陣と学生の質

」はあるけど。。。

 

しかも、東大、京大の順番で、日本はランクインしているんですがね。。。

 

で、でも、世界大学ランキングの評価基準はいっぱいあるんです!

 

多様性のある社会で、一つの基準じゃおかしいんじゃないかなと。

 

そんなに学力偏差値をあげたいなら、AIでも入学させればいいんじゃないでしょうか。

多様性のある学生がいる大学は、多様性のある大学になるんじゃないかなと思います。

 

一般に言うエリートしか合格してないけど、東大もAO入試いれたし、

日本で初めてAOを入れたのは慶應ですし。

 

AOを青田買いってバカにする人もいますけれども、

青田だって稲穂をつけるわけです。早いだけです。

むしろ、早い方が加工の仕方が無限大なのではないかなとも思います。

 

「低偏差値は屁理屈ばかり」って批判されるかもしれませんが、

私はそう思っています。

 

1文字学部(法・医・文等)→2文字学部(情報、環境、心理等)→4文字学部(政策情報、総合政策、環境情報等)、、、になったのも、社会の多様性を反映していると思うんです。

 

ならば、1文字学部の学力偏差値、2文字学部の複合性、4文字学部以降の多様性という役割別もあるのではないかなと思いますし、今時、一領域だけで収まる研究って限られていませんか?

 

一つの専門領域だけで、社会現象を理解しようとする方が難しいのではないかなと思います。理系はわかりませんが。

 

そういった時代ですから、私は学力偏差値40以下の大学は無くせ!に正面から反論してみました。

 

まだまだ勉強が足らないところがあると思いますので、謙虚に頑張りたいと思います。

YouTuberの出現からみる動画の変遷に関する分析 -YouTubeと生放送を参照して-

【研究ノート】

YouTuberの出現からみる動画の変遷に関する分析

YouTubeと生放送を参照して-

千葉商科大学大学院

政策情報学研究科

橋本卓

 

はじめに

 今回、いわゆるYouTuberについて考察していきたい。YouTuberと自称する人はたくさんおり、実験系やゲーム実況、競馬予想など、その守備範囲は無限大といってもよい。現在、YouTuberの認知度はかなりの勢いで広がっている。しかし、この守備範囲は、最初から存在していたわけではない。おそらく、“有名YouTuber” のHIKAKINは、ボイスパーカッションを初期の方で行っており、最初から広範囲な守備範囲を持っていたわけではない。もっと広い範囲で見てみると、YouTube自体は2005年5月に立ち上がったが、YouTuberが注目され始めたのは、ごく最近のことである。そのYouTuberが注目された理由の一つに、“面白さ”という抽象的かつ情緒的な評価基準が存在していると考えられる。

 

  1. 本研究の目的

 まず、本研究はYouTubeと生放送という2つの動画形態をもって分析を行う。YouTubeとは、インターネット上で動画を無料投稿・視聴できるシステムである。生放送とは、リアルタイムの動画を発信(以下、配信)し、リアルタイムで受信(以下、視聴)できることを指す。しかし、生放送自体はTVでも行われてきたことである。しかし、今回は、インターネット上で動画を無料、または有料で、生放送するものを指し、TVの生放送を区別するため、PC生放送とする。また、その具体例については後述するが、リアルタイムというのが重要な意味合いとなる。そういった情報の発受信環境・関係の変化が、YouTuberという存在を生み、社会へ影響をもたらしている。社会へ影響をもたらした理由の一つとして、様々な要因が考えられる。

 その要因として想定されるものとして、①発受信環境の変化、その環境の変化にともなう②発受信者関係の変化を分析していくことを目的とする。また、本研究ノートは、研究論文として著したものではないため、先行研究等は用いず、一般論に近い形で分析を試みるものとする。

 

  1. 生放送の変遷

2-1.生放送配信サイトの変遷

 2007年12月25日、株式会社ドワンゴが、ニコニコ生放送(以下、ニコ生)を設立した。誰しもが、登録をすればPC生放送を行え、その放送に対し、視聴者がコメントをうつことができるようになった。従来、TVの放送を視聴した後に交わされていた会話が、リアルタイムで行われるようになっただけではなく、配信元に批評を発信できるようになったのだ。放送されている動画を一方的に視聴するだけであった視聴者が、配信者の動画を受信した後、コメントという形で情報を発信するという形が成立した。(図1参照)配信者と視聴者を両者が両者を兼ねるという形態が成立したのである。また、民放等では、芸能人等の選ばれた人のみが出演し、プロが用意した台本を遂行することもあった動画配信から、素人が配信するという変化も生み出した。素人が行う配信につき、配信者同士での闘争も起き、時には警察沙汰となることもあった。だが、その予測不可能な展開を楽しむ視聴者は多く、挑発的なコメントを発信することで、事態の悪化を助長する視聴者の存在も確認された。

図1 生放送の出現による視聴者と配信者の情報発受信の変遷

 

2010年2月3日、モイ株式会社がTwitCasting(以下、CAS)の運営を開始した。ニコ生が、パソコンユーザー向けであったのに対し、CASはスマートフォンからの視聴が可能であり、若年層のユーザーを獲得し始めた。また、ニコ生は匿名性が高かったが、CASはTwitterのアカウントを使ってログイン(現在は、独自のアカウント等も作成できる)する方法がとられ、その匿名性は排除されたが、秩序が保たれると同時に、多くのユーザーをもっていたTwitterとの連携は、CASユーザーの拡大に一役を買うこととなる。ニコ生に対し、匿名性が低いことから、お気に入りの配信者に名前を記憶してもらうことが容易となり、親近感を抱く視聴者が多くなった。また、ニコ生が有料会員にならないと、閲覧に一定の制限がかけられるのに対し、CASは広告収入と有料商品の販売で運営されており、ほぼ無料で利用できることも功を奏した。ニコ生では、配信者と直接会話するために、Skypeの利用が必要であり、配信を見ながらSkypeを利用するためには、パソコンでの使用しかなく、パソコンを持たない層の支持は得にくかった。しかし、CASは、視聴用のアプリとは別に、配信用のアプリをダウンロードすることで、コラボ配信という機能を使用でき、配信を見ながら配信者とのリアルタイムでの通話が可能である。また、コラボ配信を用いることで、自分のアカウントを宣伝する機能があり、配信者として大成を目指すユーザーに利するところとなった。このため、ニコ生での配信者はCASの視聴者規模の拡大を目の当たりにし、ニコ生からの転向が相次いだ。

 2015年、株式会社jig.jpがふわっちの運営を開始した。今まで、配信者が商品を製造し、視聴者に販売、または、視聴者による寄付のような形で金品を受け取ることで、配信者が収入を手に入れていた。しかし、ふわっちは、合計視聴者数のランキングに応じてAmazonギフト券を受け取れるという形を実施した。この形をとったことにより、視聴者の任意による出費は小さくなると同時に、配信者の収入源の拡大をさせた。このシステムにより、CASの配信者はふわっちに転向し始めた。CASが、視聴者へメリットを拡大させたのに対し、ふわっちは配信者のメリットを拡大させた。

 

2-2.配信者の変遷

 ニコ生の母体であるニコニコ動画(以下、ニコ動)は、素人が協力して動画や静止画の作成を行うことが趣旨の一つにあり、配信者もその系統を組むものが多かった。いわゆる、オタクである。ニコ生で人気配信者として、また、悪名高き配信者として、ニコ生四大癌[1]がいる。ニコ生四大癌の中でも、石川典行[2]は肥満体系で、コレコレ[3]は体毛が濃いという見た目をしている。お世辞にも、美男とは言えないところがある。配信の内容としても、他人の配信を荒したり[4]、差別的な発言を行うなど、不快にさせる可能性を大いに含む配信を繰り返すことで、視聴者を獲得していった。しかし、CASの運営開始にともない、状況が一変する。伊藤蓮[5]等が参加する廃人の会という読者モデル集団を筆頭とし、芸能人もどきの美男美女配信者が頭角を現し始める。配信者に批判的・挑発的コメントが氾濫していたニコ生から、匿名性が低くなったCASでは、配信者を賛美するコメントが氾濫する配信が増加する。いわゆる、アイドル配信である。

 ニコ生でも、石川典行が信長というアカウント名を使用していたころ、視聴者を“足軽”と呼び、荒らし行為を行っていた頃や鮫島が住所を特定するなど、警察沙汰になることが横行していた時代には、賛美のコメントが存在しており、その前後にも少なからず存在していた。しかし、その賛美には恐怖がバックボーンとして存在していた。だが、アイドル配信では、「かっこいい」や「かわいい」という外見に対する賛美発言が多く、内容よりも外見が重視され始めるが、ニコ生配信者の転向により、状況は一変する。アイドル配信者は、賛美コメントに応対することが多く、独自のコンテンツを提供するには乏しい配信が大半を占めていたのに対し、ニコ生の視聴者ごと転向したことにより、潤沢な内容の配信が提供され、ニコ生配信者が配信上位を独占し始める。石川典行やコレコレ等が上位を占め始めたわけであるが、ネットの王子様(笑)[6]やしんやっちょ[7]等のイケメン配信者も上位を争いあうという構図を形成し始める。しかし、ネットの王子様(笑)としんやっちょは、人気ではなかったが、ニコ生の配信経験を持つ。

 

2-3.YouTuberの台頭

 生放送が人気を博す中、録画のYouTubeもYouTuberといわれる人々の台頭を進める。初代YouTuber であるMEGWIN[8]が2006年に登録し、動画の投稿を開始した。現在、チャンネル登録者数2位のHIKAKIN(約370万人)[9]が2011年、はじめしゃちょー(約460万人)[10]が2012年と続く。彼らは、体を張った動画や実験、ゲームや商品等の紹介を行うなどの動画をアップロードしている。はじめしゃちょうは大学生で配信をはじめたが、昨今、学生YouTuberも増えている。2015年に登録したYURAME[11]は高校生である。彼は、実の姉妹のお風呂に潜入したりと、卑猥な配信を行っている。しかし、とあることからホームレスと食事をし、クリスマスが近かったこともあり、クリスマスプレゼントをあげるという人情にあつい動画もアップロードしている。[12]2014年に登録したジョー[13]も、路上で食費の寄付を求めるホームレスの近くで同じ行為を行い、そこで得た寄付をそのホームレスに寄付するという動画をアップロードしている。[14]同年に登録したラファエル[15]は、日本刀やボウガンなどで破壊行為を行う動画をアップロードしている。2016年に登録したヒカル[16]は、遊戯王などのカードを扱うショップの店長と、カードの売買等を通じてのセッションを撮影した動画をアップロードしている。HIKAKINがYouTuberを謳歌していた時代から、

 2016年に登録したヒカルまでの5年間に、YouTuberの多様化が進んだ。

 また、2014年にはコレコレ、2015年にはみずにゃん[17]といったニコ生(兼CAS・ふわっち)配信者が、YouTubeに進出している。


 

  1. YouTuberの考察範囲

 3-1.YouTuberの定義

 そもそも、YouTuberという言葉自体不明確である。YouTubeに動画を1本でもアップロードするとYouTuberなのであろうか。1本アップロードしても、広告収入がないのであれば、経済活動とはいえない。では、動画のアップロードによって経済活動を行っているものがYouTuberなのであろうか。その定義は大変難しく、“俗称”としてのYouTuberが広く使われている。実際、自分をYouTuberだと自称する学生たちの発言をきいてみると、編集技術はおろか、閲覧数も3桁行けば上等で、広告収入はスズメの涙ほどでしかない。YouTuberのマネジメントなどを行う「動画ビジネス業界初YouTuberプラットフォーマー」UUUM株式会社(以下、UUUM)は、3600以上のYouTuberチャンネルをマネジメントしている。1人で数チャンネルを保持していると考えても、かなりの人数になる。前述した、広告収入が極端に低いYouTuberなどは、事務所に所属していないケースが多く、その数をカウントするのはかなり難しい。収入の面だけでは、その定義は困難である。そもそも、広告収入を拒否している人もいる。経済活動の有無では、定義が難しい。

表1 チャンネル登録者数ランキング

順位

登録者数

チャンネル名

1位

4,666,549 

はじめしゃちょー

2位

3,712,156

HikakinTV

3位

2,645,871

木下ゆうか

4位

2,576,686

HikakinGames

5位

2,086,160

SeikinTV

6位

1,902,393

Fischer's

7位

1,899,314

Goose house

8位

1,883,488

MosoGourmet

9位

1,853,613

HIKAKIN

10位

1,682,151

はじめしゃちょー2

25位

1,124,557

Miniature Space

Top  YouTuberより橋本が作成

しかし、Top YouTubers[18]というサイトでは、YouTuberをランキング形式で紹介している。同サイトでは、チャンネル登録者を基準にランキングを形成している。では、チャンネル登録者数でYouTuberの定義を行うかというと、その基準となる数値が難しいというのが現状である。この登録者というのも、アカウントがたくさん作ることができるということを考慮すると、必ずしも信頼のおける数字とはいえない。前述したように、チャンネルをいくつも持つことが可能であり、複数のチャンネルを合算するのかという問題も生じる。前出のサイト(表1参照)を見てみると、1位のはじめしゃちょー[19]が唯一の460万越えであるが、10位のはじめしゃちょー2も160万越えである。はじめしゃちょーが2チャンネル、HIKAKIN[20]が3チャンネルとなっており、実質、7人しかベスト10位に入っていない。仮に、100万人を基準においた場合、25位の110万までであり、日本のYouTuberは、重複を抜くと22人しかいないことになる。これもまた、自称YouTuberの大半を切ってしまいかねず、採用しかねる。

 動画の種類を検討してみると、大きく2点があげられる。投稿者の出演の有無という点である。違法アップロードが横行する中、投稿者自身が、素顔を撮影するかどうかは別として、体の大半が写っているか否かがみられる。ゲーム実況などであると、ワイプで投稿者が写っている場合もあるが、すべてがそうであるとは限らない。視点が1人称型となったものも同様であり、投稿者が写っていないという点では、アニメや映画等の動画と共通する。しかし、投稿者が個人ではなく、グループである場合もあり、その場合、全員が写っているかの有無や代表者が写っているかの有無が問われる。

 経済活動、チャンネル登録者数、投稿者の出演の有無という3点で定義をしようと試みたが、簡単に定義できないほど、YouTuberという言葉が乱用されている現状があり、定義づけが本稿の主目的ではなく、定義づけを急ぎ、安易な形で終わらせることは、定義の脆弱性を孕むことになる。NEWSポストセブン[21]では、YouTubeで得た広告収入で生計を立てる人をYouTuberと定義するかのような記述があるが、その基準で判断するのは、第三者では難しいところがある。本稿では、YouTuberの定義を“自称”しているものをすべてYouTuberとする。非常に安直かつ不安定な定義であるが、主目的を達成するため、そのようにする。

 

3-2.YouTuberのカテゴリー

 YouTuberの定義を“YouTuberと自称するもの”と、安直に定義づけたわけであるが、分析対象とするYouTuberを絞りたい。UUUMの1社でさえ、3600以上のチャンネルを抱えており、そのすべてを考察するのは時間を要する。今回は、4つのカテゴリー分けを行った。チャンネル登録者数が非常に多く、YouTuberの火付け役となった“はじめしゃちょ―”と“HIKAKIN”を“古参YouTuber”(両者ともUUUM所属)。“ジョー[22]と“YURAME”[23]を“フリーYouTuber”。“ヒカル”[24]と“ラファエル”[25]を“新参YouTuber”(両者ともNext Stage[26]所属)。“みずにゃん”[27]と“コレコレ”[28]を“黒船YouTuber”とする。

まず、古参YouTuberであるが、UUUM所属というくくりでもある。UUUM[29]では、所属クリエイターをマルチクリエイター、ファッション&ビューティー、映像クリエイティブの3種に分類している。今回ピックアップした2名は、両者ともマルチクリエイターである。なぜ、マルチクリエイターの1種類しか選択しなかったのかは、後に述べる。次に、フリーYouTuberである。特定の集団に所属していないが、両者には共通点があり、他のYouTuberとは一線を画する部分があるため、選択をした。新参YouTuberであるが、大手UUUMではなく、新会社Next Stageを設立した。1月28日現在、31名のYouTuberが所属をする。ホームページ上の紹介人数では、UUUMの36名に匹敵するほどである。昨年11月26日に設立された会社であることから、会社組織としての“新参”とした。31名の所属YouTuberの中から、この2名を選出したのは、この2名の系統が全く違うことにあるが、詳細は後に述べる。最後に、黒船YouTuberであるが、この2名はニコ生からCASの生放送で、大手配信者と呼ばれる人々である。大手配信者とは、同時閲覧者数が3桁後半以上というものもいれば、4桁以上というものもいる。他にも同様の人物はいるが、この2名が活発にYouTuberとして活動しており、警察沙汰がない、または、少ないことから、他のYouTuberと近いと判断し、選出した。

 

 


 

4.YouTuber PCと生放送配信者の特性分析

4-1.YouTubeの優位性

 選出した8名のYouTuberの登録年をみておきたい。まず、HIKAKINが2011年であり、最も古い。次に、はじめしゃちょーの2012年が続く。そして、ジョーとラファエル、コレコレが2014年。みずにゃんとYURAMEが2015年。ヒカルが2016年となっている。登録年数は、最古参であるHIKAKINから最新参のヒカルまでは約5年であり、大差とは言い難い。ここで注目したのが、ヒカルである。2016年3月18日に登録したヒカルは、Next Stageのリーダー的存在になっている。実際、1月27日に投稿した動画は、1日で約90万回以上[30]も視聴されている。HIKAKINが同日に投稿した動画は、80万回[31]の視聴に収まっており、両者とも前後するものの、ヒカルの動画の人気がよくわかる。余談ではあるが、最古参の日本人YouTuberは、2006年に登録したMEGWINであるが、すでに配信技法は、他のYouTuberに踏襲されており、特筆する必要はないと判断し、選出から排除した。

今回選出したYouTuber の最古参であるHIKAKINは、2010年からニコ生で活動を行っていた。彼は、ボイスパーカッションという特技を持ち、本業のスーパー従業員をしながら配信活動を行っていた。PC生放送を出発地点として、YouTuber業界に進出したのは黒船YouTuberと同様である。特に、PC生放送の絶対的王者といわれるコレコレを慕っていた[32]ことでも知られている。脚注にあげた動画は、コレコレ本人がアップロードしたものになるが、動画に写っているのはHIKAKIN本人である。後に、HIKAKINはYouTuberを本業とし始めるが、はじめしゃちょーやYURAMEは、学生の傍らでYouTuberを行っている。特に、YURAMEは高校生であることからも、学生YouTuberは、他にも“水溜まりボンド”[33]や“禁断ボーイズ”[34]があげられる。禁断ボーイズについては、所属する学校に苦情の電話が殺到し、「退学かYouTuberか」[35]の選択を迫られ、最終的には、全員が自主退学を選択した。ジョーとラファエルの出自はわからないが、趣味または副業としてのYouTuberから、学生YouTuberの台頭が見られる。また、黒船YouTuberらは、前述したようなPC生放送で知名度を勝ち取っている。黒船YouTuberのようなYouTuberは、他にも多数いる。そのほとんどが、PC生放送で配信した内容を録画し、YouTubeに転載している。少数ではあるが、YouTuber同様、YouTube用に撮影し、投稿するものもいる。

彼らは、PC生放送配信自体で収入を得るのは難しく、それ自体で収入を得ている人はほとんどいない。ニコ生でのチャンネル契約による収入が候補としてあげられるが、その契約を勝ち取るのは難しい。勝ち取った配信者として、有名なのが“石川典行”[36]である。しかし、彼は配信中に暴力事件を起こし、チャンネルを取り上げられている。いわゆる「森ドン事件」[37]である。チャンネルという獲得の難しい方法とは対照的に、配信自体が収入の対象となるふわっちが出現をした。同サイトの出現により、配信で収入を得るという形を手に入れたが、YouTuberの道を歩むものが多い。収入を比較するのは難しいが、収入の獲得方法を比較することはできる。まず、ニコ生のチャンネル獲得は、突出して困難を要するのに対し、YouTubeやふわっちの入り口に制限はない。ニコ生でチャンネルを獲得できなくとも、収入を得ることはできる。ツイキャスも同様であるが、いわゆる“乞食”である。自分で商品を製造販売することで収入を得ている配信者は多く、販売せずに、ただ金品を受け取る配信者もいる。PC生放送は、YouTubeと違い、生放送は時間的拘束をともなう。録画してある動画は、時間に拘束されずにみることができるが、生放送中にコメントすることで行う交流に視聴の価値を感じる人々は、生放送中を欲するため、時間的拘束をともなってしまう。ゴールデンタイムといわれる22時に配信をしなければ、視聴者数を稼げないこともあり、配信者自体にも拘束がともなう。また、ふわっちの収入獲得条件は、他の配信者よりも多く視聴者を獲得することにある。YouTubeが、視聴者数に応じた収入なのに対し、ふわっちは競争を行い、高順位にいなければならない。YouTubeでは、視聴回数に応じた収入になり、1人が何回でも視聴できるのに対し、ふわっち等の生配信サイトでは、1端末で1視聴とカウントされ、同時視聴人数が評価基準となる。

この回数と人数という点、時間的拘束の有無の2点から、自由度が高く、競争が比較的少ないYouTubeが優位に立つ。この点からも、時間に拘束されがちな学生が参入しやすい点になる。また、生放送では、視聴者からリアルタイムにコメントが発信される。このコメントのすべてに対応する必要性はないが、コメントに対応しないと無視されていると感じられ、批判の対象になることもある。YouTubeでもコメントの記入はできるが、生放送ではないため、リアルタイムに対応することが不可能であり、対応をしなくても無視と判断される対象になりにくい。

 

 4-2.PC生放送による発受信者間の変遷

 前述したように、PC生放送はニコ生の攻撃的かつ従属関係の組織形態が構成されていたが、CASの出現により一新される。石川典行や鮫島等のように、視聴者を用いた他の配信者を攻撃する言動や行動は、配信者からも、視聴者からも搾取される。匿名性が無くなり、運営会社の敷いた規制の中での配信は、賛美と協調路線へ大きく舵を切った。伊藤蓮等のいわゆるイケメンが、配信者として人気者になり始め、見た目も一新された。その配信者の一新の土台には、視聴者の拡大が根本にあると考えらえる。視聴者がオタクという限定的な存在から、インターネットに疎い中高生や一般人にも拡大したことから、TVの視聴者と近い層へと移行した。そのため、TVに出演する芸能人と近い存在を求め、その需要に近い形で、伊藤蓮らが供給されたのではないだろうか。しかし、“見た目”というコンテンツは限界がある。実際に、TVでも、美男美女が活躍する番組だけが存在するわけではなく、ニュース番組やお笑い番組等も存在し、“見た目”とは違うコンテンツが提供されている。

 そこで、視聴者のパイが大きくなると同時に、ニコ生視聴者がCASへ転向したことが拍車をかけ、ニコ生配信者がCASへ進出を行った。これは決して、完全な転向ではない。ニコ生視聴者の中には、賛美コメントが多いCASへ嫌悪感を抱くものもおり、ニコ生配信者の中にも動揺の感情をもつものがいる。そういったことから、ニコ生とCASの両方を配信・視聴のフィールドとするものもいる。また、嫌悪感が強いものやニコ生へ愛着が強いものは、CASへの転向をせず、ニコ生に残留している。今まで、ニコ生一択であったPC生放送が、CASの出現により、二分化する。逆に、CASで配信を始めた配信者の中には、一部ではあるが、ニコ生への参入を行うものも現れ始めた。しかし、賛美コメントと視聴者の特定のもとで行われていた親近感になれていたCAS配信者は、ニコ生の風潮になれることができず、撤退を余儀なくされている。ふわっちの出現は、配信者の経済環境のみを変えた。特にCASのような視聴者のパイを増やすことはなかった。しかし、経済環境という点では、配信者の配信方針を大きく転換させる。

ニコ生配信者にニートなどの無職が多かったのに対し、CASでは読者モデルなどの本業をもつものが出現し、配信者の製造・販売や寄付などの収入構造が、本業の収入構造へ転換する。PC生放送により、名前を売ることで本業の収入につなげるという宣伝媒体としてのPC生放送へと利用方法が変わる。ニコ生では、視聴者の層が限られていたのに対し、CASでは視聴者のパイが大きくなったことから、他の配信者を引退に追い込む必要がなく、むしろ、協調した方が収入につながるという状況の変換が発生した。このことが、ニコ生の攻撃から、CASの協調への変換につながったのではないだろうかと考える。そもそも本業を持つものからすると、自分が引退をする可能性を作る必要はなく、趣味としてのPC生放送を楽しむという選択肢も生まれ、それは攻撃性を弱める。規制とは別のところで機能を発揮したのだ。しかし、ふわっちにより状況は再び変換を迎える。視聴者数によって収入が変化するということが、副収入を求めて転向した配信者の意欲を掻き立てた。CAS同様のパイはあるものの、そのパイをどれだけ“独占”できるかが課題となったのだ。CASの協調という外向的姿勢は、支視聴者の囲い込みという内向的姿勢へと変換を行う。他の配信者の視聴をされるということは、自分のランキングを下げる可能性があり、視聴者の囲い込みがかなり重視される。それは同時に、視聴者第一の配信へと方針を鋭利にさせた。CASでは、視聴者が配信者をたたえていたのに対し、視聴者が配信者をたたえることで、熱狂的な視聴者となってもらう必要性がでてきたのである。

ニコ生の攻撃・従属関係から、CASの協調・賛美関係に変更した。ふわっちになると、鎖国・お客様関係という変遷をもたらした。

 

 4-3. YouTuberPC生放送の特性

 YouTuberでは、古参YouTuberや新参YouTuberという組織化が進んでいく。前述したPC生放送では、CASとふわっちを融合した形態がYouTubeである。視聴者の数が多ければ多いほど、収入につながる。しかし、そこに他の配信者との競合は存在しておらず、配信者同士が協調し、宣伝し続けることが集客効果につながる。特に、組織化による結束力の向上は、相互に好影響をもたらす。宣伝効果はさることながら、イベントなどの実施も容易となる。また、問題発生時の対処の協力者をもっておくことは危機管理の上でも重要なことである。組織化はCASでも行われている。例えば、残念なつきGO[38]は、残念すけべぇ[39]や残念パピコ[40]といったメンバーを抱えている。メンバー内で配信を行ったりと、協調的な行動を行い、相互の宣伝を行っている。こういった自己組織化を行っているものの他に、フリーYouTuberのような単独で配信を行っているものもいる。単独の配信というところでは、黒船YouTuberと同様である。だが、PC生放送とYouTubeの組織化で大きく違うところは、PC生放送は下流層が組織化しているところである。YouTubeが人気YouTuberである上流層の組織化が進み、下流層が吸収されるという形であるが、PC生放送では、上流層の単独が主流である。また、CAS以降の協調性はYouTubeに適用できない範囲もある。UUUMに所属すれば容易であるが、Next Stageを設立したりと、別組織を設立することで実質的な対抗意識を生んだ。組織化はCASの流れをくむものの、対立意識はニコ生の流れを汲んでいる。原点回帰が行われているのである。PDR[41]さんは、他の配信者の配信内容を批判している。[42]この場合は、個人対組織(UUUM)のメンバーという構図ではあるが、攻撃意識が存在していることは否定できない。

 CASにおける批判とは、不倫等の不祥事の追及が多いが、配信内容に関する批判はニコ生に多いことであった。対決姿勢が個人から組織へと移行とした状態は、YouTuberは、ニコ生とCASのハーフである。また、ふわっち同様に、視聴者によって収入が左右されるYouTubeにおいて、人数ではなく、回数に左右されるでは、相手を攻撃する必要性はない。しかし、回数を増やすためには、視聴をしてもらうのが大前提となる。それは、PC生放送も例外ではないわけであるが、そのための話題作りが必要なのである。その方法としての協調による宣伝なのか、対立構造を構築することによる話題作りなのか。その点が大きく二分化したのがYouTubeなのである。

 

 

 

 

 

 

5.まとめ

 PC生放送において、配信・視聴方法の変化によって、配信者と視聴者の関係性が変化した。大きな変化としては、対外思考から対内思考へ変化し、閉鎖思考に変化した。それは、運営会社が与えた環境に順応する形へと変化したのである。配信者と視聴者は、相互に環境により影響を与えた。

図2 PC生放送による変遷

 

YouTuberの躍進があらわれたのも、そのPC生放送の変化によるものである。しかし、YouTuberは流れだけをくんだのではなく、一部では原点回帰を果たしながら、完全にどちらかに移行したわけではない。両者の流れを汲んだ形でYouTuberは成立している。動画中心のPC生放送から動画のYouTubeに人気は移行したものの、YouTuberの中にはPC生放送へ進出するものもいる。PC生放送では、雑談が中心になり、大半が宣伝活動の一環である。PC生放送はCASの生んだ環境が大きく反映されながら、TVの動画やニコ生の攻撃性が生き延びている。

図3 動画の変遷

 

上記の事から、①発受信環境の変化やその環境の変化にともなう②発受信者関係の変化を分析したが、先行研究を用いた研究が今後も必要である。

 

[1] ニコニコ大百科「ニコ生四大癌」http://dic.nicovideo.jp/a/%e3%83%8b%e3%82%b3%e7%94%9f%e5%9b%9b%e5%a4%a7%e7%99%8c 2017.1.28閲覧

[2] 石川典行のノリラジHPhttp://noriyukiradio.net/profile/index   2017.1.28閲覧

[3] コレコレ https://www.youtube.com/channel/UCgOfjIl0I_oG7VxIoaKaRsw/about  2017.1.28閲覧

[4] 荒らし:他の配信者の配信に妨害等を行い、円滑な放送を妨げようとすること

[5] 伊藤蓮 Twitter https://twitter.com/19957220  2017.1.28閲覧

[6]ネットの王子様(笑)  https://twitter.com/oujityama  2017.1.28閲覧

[7] しんやっちょ https://twitter.com/shinya_yuunari  2017.1.28閲覧

[8] MEGWIN https://www.youtube.com/user/megwin/about 2017.1.28閲覧

[9] HIKAKIN  https://www.youtube.com/user/HikakinTV/about 2017.1.28閲覧

[10] はじめしゃちょー https://www.youtube.com/user/0214mex/about 2017.1.28閲覧

[11] YURAME  https://www.youtube.com/channel/UCvVG6ZeYHjp1OdbERUiMneA/about  2017.1.28閲覧

[12]「ホームレスにクリスマスプレゼントをあげたら感動的な結末に」 https://www.youtube.com/watch?v=w-wcZnU6Vjc 

[13] ジョー https://www.youtube.com/user/joevlog7/about 2017.1.28閲覧

[14] 「ホームレスの人を飲みに誘ってガチの友達になりました」。https://www.youtube.com/watch?v=eCuZlswaUNI 

[15] ラファエル https://www.youtube.com/channel/UCI8U2EcQDPwiQmQMBOtjzKA/about  2017.1.28閲覧

[16] ヒカル https://www.youtube.com/channel/UCaminwG9MTO4sLYeC3s6udA/about  2017.1.28閲覧

[17]  みずにゃん https://www.youtube.com/channel/UCtOQj6_XsfQ_AAm6GGRYlYQ/about  2017.1.28閲覧

[18]Top YouTuber HP  http://youtubers.demouth.net/ 2017.1.28閲覧

[19] はじめしゃちょー https://www.youtube.com/user/0214mex/about 2017.1.28閲覧

[20] HIKAKIN  https://www.youtube.com/user/HikakinTV/about 2017.1.28閲覧

[21] NEWSポストセブン「動画職人になってYouTubeで稼ぐ 「動画バブル」が到来か」http://www.news-postseven.com/archives/20140306_244568.html 2014.03.06

[22] ジョー https://www.youtube.com/user/joevlog7/about 2017.1.28閲覧

[23] YURAME  https://www.youtube.com/channel/UCvVG6ZeYHjp1OdbERUiMneA/about  2017.1.28閲覧

[24] ヒカル https://www.youtube.com/channel/UCaminwG9MTO4sLYeC3s6udA/about  2017.1.28閲覧

[25] ラファエル https://www.youtube.com/channel/UCI8U2EcQDPwiQmQMBOtjzKA/about  2017.1.28閲覧

[26] Next Stage HP http://vaz.tokyo/creator/ 2017.1.28閲覧

[27] みずにゃん https://www.youtube.com/channel/UCtOQj6_XsfQ_AAm6GGRYlYQ/about  2017.1.28閲覧

[28] コレコレ https://www.youtube.com/channel/UCgOfjIl0I_oG7VxIoaKaRsw/about  2017.1.28閲覧

[29]UUUM株式会社HP  http://www.uuum.jp/creator  2017.1.28閲覧

[30] 「遊楽舎にジョージア540本差し入れしたら店長が予想外の反応だったwww」https://www.youtube.com/watch?v=lp4r2uA_wRQ 

「本当に当たるの?ジョージアの自販機でドラゴンボールのグッズをコンプするまで買ったら鬼畜確率すぎたw」https://www.youtube.com/watch?v=zYejyF3cKNk 

[31] 「iPhone7に本気でデコピン100発してブッ壊す!【Z’us-G】」https://www.youtube.com/watch?v=nQ9_A7x3ibE 

[32] ヒカキン「コレコレさんマジありがとう」https://www.youtube.com/watch?v=H9BCqaWuZNU 

[33] 水溜まりボンド https://www.youtube.com/channel/UCpOjLndjOqMoffA-fr8cbKA/about   2017.1.28閲覧

[34] 禁断ボーイズ https://www.youtube.com/channel/UCvtK7490fPF0TacbsvQ2H3g/about  2017.1.28閲覧

[35]メサイアが引退することになりました」https://www.youtube.com/watch?v=55BDliZt2lc

メサイア復活します!」https://www.youtube.com/watch?v=q7-e4YOoE94 

[36] 石川典行のノリラジHPhttp://noriyukiradio.net/profile/index   2017.1.28閲覧

[37] 【石川典行】激しい口論の末、よっさんに暴力を振るう【森ドン】https://www.youtube.com/watch?v=nf7DvqYbmBI 

[38] 残念なつきGO https://twitter.com/25natsuki25  2017.2.7閲覧

[39] 残念すけべぇ https://twitter.com/sukebee66  2017.2.7閲覧

[40] 残念パピコ https://twitter.com/senayu4  2017.2.7閲覧

[41] PDRさん https://www.youtube.com/user/PDRKabushikigaisha/about  

[42] 「カリスマブラザーズは本当に英語ペラペラなの? 」

https://www.youtube.com/watch?v=xUe5DLlcAAM 2017.2.7閲覧

(卒業論文,2015)自衛隊基地を用いた地域活性化施策に関する考察

【要約書】

自衛隊基地を用いた地域活性化施策に関する考察 ―茨城県小美玉市百里基地の事例を中心に―

研究の目的と方法
本研究は、人口減少時代に直面し、逼迫した自治体財政が、高額な財政支出をせずに、自治体の税収を増加させ、行政サービスの低下を抑止するするための施策を考察することを目的とする。 2009 年に内閣府は、自衛隊基地を活用した地域支援策を施行した施策では、基地を“地域資源”と捉え、地域活性化施策に適用する可能性を期待されている。 本研究は次の仮説を設定した。まず、①自衛隊基地を自治体にとっての“地域資源”と見直すことによって、地域住民の生活の質向上に繋げられるのか、また、②観光客の増加のための観光戦略に活用できているのかという 2 点である。 本研究では、自治体は自衛隊基地を“地域資源”と捉え、地域住民の生活の質の向上や観光政策へ基地を反映し、観光客も増加していることから、自衛隊基地と自治体との関係性も含め、前述の仮説を、①聞き取り調査②面接調査、③現地調査によって実証を試みる。

研究の内容
百里基地のある茨城県小美玉市は、小川町、美野里町、玉里村が 2005 年に合併してできた市である。百里基地は、「関東で唯一の戦闘航空団が所在する航空基地」である。設置されて、今年(2015 年)で 77 年になり、現在の百里基地が出来てから 56 年が経つ。 小美玉市の合併協議会が発表した、百里基地の飛行場が民間共用化することを活用するという方向性が挙げられていた。百里飛行場の民間共用化に伴う、開発付加人口の増加分を加えて推計していたが、実際には、20年前よりも減少している。百里飛行場の民間共用化は開発付加人口となり得なかったのである。“都市再生整備計画”によれば、「空港や公共交通機関の活用による交流人口拡大」を挙げている。しかし“基地”という単語がなく、交流人口の拡大として航空祭を活用については、一切の記載がない。従って、百里基地地域資源として認知や活用施策がないと推測でき、現状の百里基地
策は皆無に近い。 従来、実施された自治体(地域)と基地に関する先行研究では、その多くが沖縄県沖縄県の自治体と在沖縄米軍基地を対象にしている。そのため、自治体と自衛隊基地に関する研究は、現在、ほとんど十分な研究蓄積がない。また、米軍基地の悪影響に関する研究が多く、軍事施設のメリットを扱った研究は少ない。そこで、本研究を意義あるものに位置づけるために、経済的視点と文化的視点の 2 種類に分け事例をもとにケーススタディーを実施した。経済面では、平時に発生する消費活動や配偶者を伴う転居により発生する労働力の供給効果が大きいと考えられる。この効果を平時発生型需要・供給効果(以下、“平需”)とした。すなわち、航空祭による特別な需要のみの発生になる。平需とは異なる経済面の効果とであることから、航空祭発生型需要効果(以下、“需”)とここでは定義した。 文化面では、文化的・教育的な活動など、多彩な施策が考えられる。このような行為を文教関係行為(以下、“文行”)とした。当該都府県知事から要請を受けた場合、早急に行われる救援活動等の行為を災害関係行為(以下、“災行”)とした。

考察
筆者が定義する基地設置効果を明らかにするための研究の手法としては、聞き取り調査、面接調査、現地調査、車両調査を行った。それらの成果によって、得られた百里基地来場者は限定的な層に限られず、様々な世代や来場目的により、人々が訪れていた。また、ツアーとして企画されるほど、商業チャンスやイベントとしていることが確認できた。また、車両来場者の数も、筆者が調査した今回の結果だけで、最大8,666 人(全体の約 86.9%)が県外から訪れていることが解った。 また、文化面では、文行や災行の聴き取り調査によって、基地が設置されることにより、“自衛隊”の組織と、“自衛官”と“その家族”という個々人によって、設置や居住する地域で行われる行事の活性化期待できる。また、自衛隊の音楽隊による演奏会の実施が、基地所在自治体に居住する市民の、文化的な生活の向上の一助に繋がっていることも分かった。また、平時における火災などに対し、基地の消防隊が出動することや警察等関係機関として、小美玉市の防災訓練に参加することにより、行政や市民と災害への対策に取り組む行動は、基地所在自治体ならではのメリットであるのではないか。

結論
以上から、基地設置によって、基地所在自治体は経済面、文化面において、良い意味の影響を受けることが検証できた。しかし、現実には小美玉市では地域資源として活用しきれていない。平需は小美玉市の意志とは別のところで機能しているが、文教は自衛官自らの意志で実行されている。災行は小美玉市も能動的な機能を持ち合わせている。しかし、航需だけが活用できていない。百里飛行場が共用化され、航空祭こそ交流人口が大幅に増える機会である。市内外から訪れる数万人の来場者に対し、小美玉市は、交流人口の増加戦略として展開されていないことが解った。航空祭の来場者が、航空祭
のみに限らず、自治体だけでなく、商工会議所、民間団体や市民を含め、まちぐるみでの航空祭を行うことを政策提言したい。航空祭地域資源として捉え、活用基地所在自治体の基地があるメリットを最大限に活用する必要がある。つまり、航空祭地域資源とし、連携したイベントを組むことで、来場者が地域活性化の一助となることが確認でき、基地の見学から、小美玉市への旅行に締結させることが地域活性化施策とすることを結論とし、提言したい。 

参考文献 1) 小川町・美野里町・玉里村合併協議会「新 市建設計画」、2005 年 3 月 2) 小美玉市秘書課面接調査、2012 年
3) 第一回特別基地需要効果調査結果、平成 25
年9月8日 4) 基地百里 : 開拓農民と百里基地闘争(古関 彰一著,汐文社, 1966)
5) 玉里・小川地区「都市再生整備計画」、
2010~2014 年
6) 百里基地広報課インタビュー調査、2012~
2013 年
7) 百里基地ホームページ、2013 年閲覧
8) 平成 25 年度防衛白書、平成 25 年

http://file:///C:/Users/卓磨/Documents/M1/橋本卓磨卒業論文.pdf